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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

祖父の蜂蜜

シオヤキ

 

 1kgあったその蜂蜜は、ほんの数日であっという間になくなった。
 「やっぱり国産は違うよね~」
 母と兄と顔を見合わせ、幸せのため息をつく。もしかしたらこの蜂蜜は、日中仕事で家を空けている父の口には入らなかったのかもしれない。可哀想なことをしたかな。
 「じいちゃんからプレゼントもらっちゃったわね」なんて母が言うから、甘い蜂蜜が少ししょっぱくなってしまう。

 本当はこの蜂蜜は、祖父の口に入るはずのものだった。間質性肺炎だった祖父は食が細くなっていた。常時酸素の吸入が必要になり、食事をするのも一苦労だった。そんな祖父のために、祖父の兄弟が買ってきたのがこの蜂蜜だった。祖父は、蜂蜜を食べることなく旅立った。

 私は祖父の最期を知らない。祖父は間質性肺炎と診断されてから、1年ほどで亡くなった。その間、私は一度も祖父に会っていない。祖父は県外に住んでおり、世間はコロナ禍の真っ只中であった。
 自分たちがコロナになるよりも、自分たちがコロナを運んでしまい、祖父に移してしまうほうが怖かった。一人で祖父の元に足を運んでいた母から聞く祖父の様子は、日に日に弱っていくのが目の前に見えるかのようであった。

 正月明け、祖父は旅立った。涙はすぐには出なかった。母から知らされる祖父の様子から、別れの日が近いこともわかっていたということもあるが、1年以上会っていないだけに、現実味がなかった。頭にあるのは、最後に祖父に会ったときの、祖父との会話だけだった。母の実家からの帰り際に、私の手を握った祖父が言った。
 「すべすべだねえ」
 「若いからね!」
 そう言って笑った。
 それが最後の記憶だから、火葬の前に祖父の手を握ったとき、冷たくて、冷たくて本当にびっくりした。冷たい祖父の手を握った私の手は、アルコール消毒と冬の空気の乾燥でガサガサだった。

 祖父が食べるはずだった蜂蜜を食べ終えたその後、私は蜂蜜を食べていない。まだちょっと、蜂蜜は目に沁みてしまうから。

 

(完)

 

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